ゼクシィフェスタ東海

8月17日・18日に名古屋の吹上ホールで開催された、

ゼクシィフェスタ東海に出展しました!!

今回の出展の目的は、

私どもが取り組んでいる「ショートBOX」というサービスをPRするため。

「ショートBOX」とは、招待状からはじまり、席札や席次表、ウェルカムボードに

添付したQRコードをスマホで読み取ることで、

新郎新婦が事前に撮影したメッセージ動画をゲストの皆さんお一人お一人に

ご覧いただけるサービスです。

結婚式の当日、新郎新婦は忙しくて、せっかくお二人を祝福に訪れた方々と

ゆっくり言葉を交わす時間などありません。

そこで、大切なゲストの皆さんに向けて、お二人で相談しながら感謝の想いを撮影。

スマホを通してお一人お一人にメッセージを直接とどけることで、

ゲストの皆さんにお二人の真心が伝わり、祝意は一層膨らみます。

お二人からのサプライズメッセージに、会場の雰囲気も一気に和み、

晴れの日にふさわしい一日がはじまります。

「ショートBOX」は、岡山を中心にこれまで約50組にご利用いただき、

すべての新郎新婦にご満足いただいています。

ただゼクシィフェスタには今回が初参加。

自信はあったものの、イベントは蓋を開けてみなければ分かりません。

しかしそんな心配をよそに、

私どものブースには大勢のお客様にお立ち寄りいただきました。

「おもしろ~い」 「やってみた~い」など、

うれしいお言葉をたくさんいただき、予想していた以上の高評価。

広くて立派な装飾が施されたジュエリーブースに挟まれた小さなブースでしたが、

ご理解あるお客様に恵まれたお陰で一定の成果を上げることができました。

また、ご来場いただいたお客様へのプレゼントとして用意した、

「夫婦(めおと)綿棒」も喜んでいただけて良かったですね~。

スタッフたちがせっせと手づくりした甲斐がありました。

結婚を控えたカップルが来場されるイベントだからでしょう、

会場が幸せムードで満たされていて、

お迎えする私たちもなんだか微笑ましくなってしまいましたね。

最後にこちらも好評だった、当日ブースで行っていたゲームをご紹介。

下記のイラストには名古屋だけに758枚のクローバーが描かれています。

よ〜く見ると、四つ葉のクローバーが4つ隠れています。

見つけた方には幸せが訪れることでしょう。

 


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祝!100歳!

4歳になる息子がガンダムにハマってしまい、10数年ぶりにガンプラを作ることになったのですが、いざ作ろうとしたら老眼で何も見えず細かい作業がかなりしんどかったふーふーさんです。

 

日本が長寿国となってかなりたちます。最近では90歳を超える方も多く、あまり驚きはありません。僕の亡くなった祖母も94歳、嫁さんの祖父は96歳、祖母が98歳と身内もやたら長寿でした。

そんな中、先日母方の祖母の「100歳お祝いパーティー」が開かれました。

正確には100歳の誕生日は来年9月なのですが、北海道(釧路)に住んでいる娘(僕の母の妹)夫婦、その娘たち(僕のいとこ三姉妹)家族、が夏休みを利用して久しぶりに倉敷に帰ってくるということで、1年前倒し(まぁ、数えで100歳)してお祝いパーティーをすることになりました。
祖母の地元倉敷に住んでる孫にひ孫も会わせ総勢25人。住んでる場所が場所だけに、これだけのメンバーが勢揃いするのは後にも先にももう無いかもしれません。

地元の割烹料理店の大広間にズラリ!

それにしても100歳ですよ100歳。100歳はさすがにスゴイです。

さきほど90歳を超える人が多いと書きましたが、この祖母のスゴイところは、病気や怪我、痴呆や介護などで入院もしておらず、現在も自宅で普通に暮らしているところです。足腰の悪さはありながら自分のことは自分でできるし、毎日小さい缶ビールを晩酌し、食事もちゃんと取っています。この日のパーティーでもみんなと普通にお酒飲んでました(笑)。

さて、当のパーティーですが、僕の母主導で中々趣向を凝らしたものになっていました。

手作りの横断幕を作り、孫(僕ら7人+配偶者3人)や ひ孫(その子どもたち9人)でお祝いの呼びかけをし、花の贈呈から特注のケーキ、ひ孫達の手作りお祝いカードのプレゼントなど盛りだくさんで大盛り上がり。祖母も目頭を熱くして喜んでいました。

料理も大変美味しく、祖母を含めてみんな大満足でした。小さな子ども達が多く終始賑やかで楽しいお祝いパーティーになりました。

鯛そうめん美味しかった!

最後はみんなでいろんな記念写真を撮りパーティーもお開きとなりましたが、北海道組とはこれでお別れ。次いつ会えるかわかりません。同世代の子ども達が多かったのでウチの子は名残惜しそうでした。

「今度はそっちに行きますよ」とは言ったものの中々気軽に行けるところではないですしね。でもいつかは行きたいです。

 

若い頃はそれほど長生きを意識したことはありませんでしたが、結婚して子どもができて、さらに祖母を見ていると元気で長生きもいいもんだなと思えてきました。
沢山の家族に囲まれて盛大に祝ってもらえて、しかもみんなと同じ食事ができてお酒まで飲める…羨ましい限りです。
ただ長く生きるだけでなく健康で元気なままでいる。僕にそんな残りの人生が送れるでしょうか?

本当にいつまでも元気で周りのみんなを明るくしてくれる楽しい“おばあちゃん”でいてほしいです。

 


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お菓子の開発秘話

こんにちは。おさりです。

突然ですが、みなさんは何のお菓子が好きでしょうか。
私はダントツで「じゃがりこ」が大好きです。

カリッとした硬い食感。噛んだ時にほろっと崩れる芋の破片の風味。ほどよい塩加減。
スーパーで安売りされている時は
「おお神よ、深夜にこれを食べることをお許しください」
と心の中で唱えながら3つ以上は買うぐらい大好きです。

さて、そんなじゃがりこですが
開発された時は反発があったそうです。

じゃがりこを開発されたのは当時社長だった松尾雅彦さん。
開発された当時は「じゃがスティック」という名前だったそうです。
松尾さんの父、孝さんはじゃがスティックに一言。

「こんなの売れるわけない」「売れたら俺の首をやる」

かなり喧嘩腰ですね(笑)
本当だったとしたら鬼気迫る勢いで私なら怖じ気づいてしまいそうです。

松尾孝さんはというと、ポテトチップスやかっぱえびせんを
生み出した、まさにカルビーの父親。
そんな反発をくらった「じゃがスティック」は、テスト販売から紆余曲折を経て
「じゃがりこ」という名前になりました。
パッケージなども見直し、今の筒のような形状になります。
そうすると大ヒットを遂げたそうです!

そんな大ヒットを見た松尾孝さんはどう言ったでしょうか?

「俺がもっと良いスナックを作る」

と言って生み出したのがこちら。
北海道限定の「じゃがポックル」です。

お互いのプライドをかけたような開発ですね。
「じゃがポックル」は、北海道限定なのが悔しいですね。
検索していると、よく「じゃがビー」と比較されているので、
似たような食感なのでしょうか。
是非食べてみたいですね。

詳しい内容はブログの下部にリンクを貼るので是非見てください。

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さて、もう一つお菓子と裏話をご紹介します。
私はチョコレートも好きで、板チョコでは
「明治theチョコレート」が一番美味しいです。おすすめです。

パッケージも可愛らしく、初めて見たときはつい手にとってしまいました。
中身のチョコの包装紙、形状も面白く、デザインされたチョコだと感じました。

こちらも今では人気商品の一つですが、開発時には反発が。
社内では「このパッケージでは中身がわからない。売れるはずがない」という
厳しい意見が出ました。
しかし、事前の消費者調査で手応えを感じていた開発者は一言

「あなたの年代がターゲットではない」

雷に打たれたような衝撃をうける言葉です。
そうして販売にこぎつけた明治theチョコレートは、
販売計画の2倍を売り上げたといいます。
この開発秘話はSNSに拡散され、話題となりました。

ここだけ切り取ると、某番組のようにスカッとするお話で終わるでしょう。
しかし、これにはさらに裏側がありました。
あの衝撃の発言は、上層部との会議で菓子マーケティング部の
佐藤政宏さんが言った言葉ですが、それはこのような流れで言われていました。

『じつは、自分もこのパッケージを見たときは同じように売れるのか不安になった。
でも調査を重ねていくうちにお客様の反応が格段に良いことがわかり、
不安を感じた自分はターゲットではなかったんだと理解した。
今わからないのは当然だと思いますが、僕もあなたもターゲットじゃなかったんですよ

全文を見て「なるほど…」となる一方、車に撥ねられたぐらいの衝撃がまだありますね。

そんな開発の狙い通りか、若い子たちはそのチョコを食べるだけでなく
パッケージにイラストを描いてアレンジしたり
カカオのイラストを切り抜いてしおりを作ったり
様々なアレンジにより、人気が広がっています。

こういった裏話を知っていると、余計にそのお菓子に愛着が湧きますね。
こちらもブログ下部にリンクを貼るので、是非ご覧ください。

おさりでした。

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参考・引用
これまで語られなかった「じゃがりこ」の裏話
https://ameblo.jp/karurosu2013/entry-11616968578.html

じゃがポックル – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%8C%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AB#cite_note-2

「あなたの年代がターゲットではない」上司へ放った“あのひと言”の真相|明治のチョコレート革命
https://next.rikunabi.com/journal/20180221_c/


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江戸時代へタイムスリップ!

こんにちは!おこめです!
梅雨の時期が来て、じめじめと湿気が牙をむく季節となりましたが、
そんな湿気に負けず、今回も遠方まで旅行に行って参りました!

今回訪れたのは、栃木県日光にある「江戸ワンダーランド」!
こちらは江戸時代を再現した施設になっており、
中に入ると、越後屋や忍者屋敷、矢を実際に打つ事ができる矢場など多くのお店が並んでいました。
今回私たちは私服で進んだのですが、着物をレンタルすることもでき、町娘から岡っ引き、忍者や新撰組など江戸時代の人物に実際に変身して江戸ワンダーランドを楽しむ事ができます。
施設内には実際に衣装に着替えた方々が多くいらっしゃいました。

さて、私たちが始めに向かったのは矢場!こちらでは実際の弓矢を使って的を射る体験ができるとのことです。
的に矢を当てることができれば景品がもらえるとのこと!

よーく狙って…

はい!

一番手前が私の的になります。
5本挑戦して当たったのは一本…。実はこの弓矢、かなり狙うのが難しく…端っこに当てるのが限界でした。
一緒に行った友人が隣になります。中心に正確に当てている所が私との差を感じます…。

次に向かったのは、忍者修行の舘!
こちら、一件少し傾いているだけの舘に見えますが…

中の構造がこんな風に特殊な作りになっており、入ってみるとその構造の意味が分かりました。

そんなに傾いていない屋敷の中なのに、体にかかる重力が尋常じゃなく重い!!
建物内の作りが全て斜めに作られており、視覚から入ってくる情報が混乱して体に普通はかからない重力がかかってるかのような錯覚に陥るのです。
建物内の写真を撮りたかったのですが、そんな暇もなく…。
最後まで重力に弄ばれながら脱出しました。不思議な感覚でした…!

次に向かったのがせんべい焼き体験ができるお店。
こちらでは、実際に網でせんべいを炭火で焼き食べることができるとのこと。

網にせんべいを置き、ふつふつと膨らんできたらひっくり返し、それを5秒毎に繰り返します。
そうして行くと、真っ白だったせんべいの表面が段々きつね色に焼けてきます。
良い色になったら端に寄せ、しょうゆを両面に塗れば完成です。

上手に焼く事ができました!
元々せんべいが好きな私でしたが、自分で焼いたせんべいは格別に美味しかったです!

江戸時代にまつわるものが元来好きだった私にとって、江戸ワンダーランドはとても楽しい場所でした。
季節によってイベントも行われているみたいなので、1年中楽しめる場所だと思います。
また行ってみたいです!

旅行に行く予定が立ちつつあるので、またそのお話ができればと思います!


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求人広告の日

7月14日は「求人広告の日」でした。

1872年7月14日「東京日日新聞」に
日本初の求人広告が掲載されたことが由来となっています。

さて、「伝説の求人広告」というものをご存知でしょうか?
1900年にロンドン新聞で
探検家アーネスト・シャクルトンが出した求人広告です。

-------------
求む男子。
至難の旅。
僅かな報酬。
極寒。
暗黒の長い日々。
絶えざる危険。
生還の保証なし。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。

−アーネスト・シャクルトン
-------------

人類初の南極大陸横断成功へ向けた隊員募集。
この求人広告には、なんと5000人もの応募があったそうです。

この話を知ったのは
デザインの仕事を始めて5年ぐらいは経った頃、
それなりにキャリアを積んだであろうと思っていた
私にショックを与えたわけです。

こんなたった数行の文章で、しかも
「つらい仕事です」「給料低いです」「死ぬかもしれません」と、
どれをとってもメリットなんかないのに。

求人広告といえば大衆に向けて広く呼びかけるもの、
そう考える人は多いと思います。
ターゲットを絞るほど応募数は減る、
だから応募をとにかく集める、
選考するなら1人よりも10人、
10人よりも100人、
多くの人が集まる広告の方が良い求人広告。
私もそう思っていました。

しかし、意外にもターゲットを絞るほど「力のある広告」になり、
大きな反響に繋がります。

求人広告で「誰でも大歓迎」と書いたところで、全員が応募するでしょうか?
現実では、老若男女誰でも応募するような求人広告は稀です。
求人する側にとっては、10万人の応募ではなく
「1人の良い人材」に価値があります。
10万人の群衆の中から、たった1人に注目してもらう為にはどうするか。
ターゲットを見極め、インパクトのある広告を作ることで
「話題」「魅力」「印象」などの効力を発揮したほうがいいわけです。
10万人にラブレターをばら撒くよりも、
「私が求めるのはあなたです!」
と一人にプロポーズしたほうが、大きな反響を得るという事です。

アーネスト・シャクルトンの求人広告で欲しかった人物像は
「どんな過酷な事態にも前に進める強靭な精神」を持った人。
本当に危険な旅ゆえに、本当に乗り越えられる人材だけに応募させる。
多くの人に呼び掛けるのではなく、
本当に採用したい人物に直接呼びかけハートを掴む、
至極のキャッチコピーだったわけです。

この方がどこまで表現技術を意識したのかはわかりません。
単純に自身の想いをそのまま書いただけなのかもしれません。
それでも100年経った今でも広告業界で参考にされている
「伝説の求人広告」は、やっぱりすごい。


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謎の言葉

こんにちは、たんぼです。
先日2人目を出産した後輩に会いに行きました。後輩というか前職の教え子で高校生の時から見ていた子なんですが、今や二児の母。
時が経つのは早いものです。

前職がスイミングスクールのコーチだったこともあり小・中学生の子供達と話すことに抵抗がなく、辞めた後も子供達と話す機会がよくあります。
最近ではネットを通じて話をすることが多いのですが、一番困るのがネット用語です。
これは専門的な言葉ではなくネット住民と呼ばれる方の中で使われている用語です。
私も今では自然に使っていますが、最初は頭の中が「?」だらけでした。

今回は不思議なネット用語をご紹介します。

まず「w」
これは(笑)と同じ意味の笑うです。
読み方は「わら」です。この「w」は見た目が草のように見えるので、「草」と使う人もいます。
さらに「爆笑」など笑う段階によって「草」「大草原」「森」といったように進化します。

次は「()」
これは(笑)の笑がなくなった()のみを使うので、失笑、苦笑いという意味で使用します。
例えば「電車に間に合っていたのに猫と遊んでて乗り遅れた()」といった感じですね。

その他にも「やばたにえん」 → 「やばい」
「今北産業」→「今来たばかりの私にこれまでの流れを3行で説明してください。」
「うぽつ」→「アップロードお疲れ様」

などなど、独特な世界観があります。

そもそも「ネット用語」はどうやって生まれるのでしょうか?
調べてみると
2ちゃんねるやSNS、ニコニコ動画といったサイトから「ネット用語」が生まれるそうです。
「おK」(OKの事)などタイピングのしやすさや打ち間違いから生まれる用語もあれば、「垢」(アカウント)「鯖」(サーバー)のように当て字を使った用語もあるそうです。
生まれた用語を他のサイトで使用してそれが広まってネット上で流行っていくようです。
コトバの意味辞典より引用

声を発してしゃべるわけではないネットの中では、文字を打つといった動作がとても面倒です。
相手に対してどれだけ早く返事を打つか早くコメントするかなど、早さもネット用語の誕生に関係しているのかもしれません。

今ではいろいろ言葉がわかってきましたが、長い間ずっと意味がわからなかった言葉もあります。
それは「すこ」です。
これはよく使われているのですが、まったく意味がわからなくてずっと「すごい」の略だと思っていました。
実は「すき」という意味でしたw
これはどこかのサイトで打ち間違えたことから広まったそうです。
「すき」と打つより「すこ」の方が軽く見えて使いやすいのかもしれませんね。

さらに悩ませてくれた言葉が「凸る」でした。
これは「突撃する」といった行動を言葉にしたものです。
「話しかける」「電話をかける」「会いに行く」などに使います。
例えを出すと「今から電話する」という時は「今から凸る」その応用で「電話を待つ」時は「凸待ち」と言うそうです。
もともとはマスコミや企業に疑問点、活動について直接電話で聞くことを電凸といい、ここから広まっていったようです。

いかがだったでしょうか。ほんの一部しか紹介していませんが謎の言葉が多かったと思います。
こうして紹介していると正しい日本語がどんどんなくなっていっているような気がします()
しかしこれから大きく広まっていくネット社会。
今は他人事のように思えていつか使うようになるかもしれませんよ。
ぜひ、参考にしてみてくださいw


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30数年ぶりの「羅生門」

令和元年5月12日、京マチ子さんが亡くなられた。

大正13(1924)年、3月25日生まれなので、享年95歳。

最近では珍しくなくなった感があるが、ご長寿に間違いない。

そんな一報を受けて、DVDの棚に置きっぱなしにしていた「羅生門」を観ることにした。

昭和25(1950)年の作品で、1951年に日本映画が初めて海外映画祭でグランプリを獲った金字塔的作品。

第二次世界大戦に日本が敗れてから、たった5年後の作品なんですね~。

感心、感心。

最初に「羅生門」を観てから、30数年ぶり。

前回は事前に難解な作品という知識を得て鑑賞し、

なるほど皆さんがおっしゃる通り難解だな~、

というのが鑑賞後の感想だったことをやんわり覚えている。

「羅生門」には、たった8人の人物しか出てきません。

その中でもカギとなるのが4人。

盗賊と武士と武士の嫁さん、それと森で薪を拾ってる杣売りのオッサン。

 

森の中で杣売りのオッサンが武士の死体を発見します。

そこでその武士の死に関係した者として、

盗賊と武士の嫁さんと武士は死んでいるので霊媒師として巫女さん、

3人からなぜ武士が死んだのか供述をとります。

まず盗賊が供述し、次に武士の嫁さんが供述するのですが、

2人が語った内容がまったく違う。

その次に霊媒師である巫女さんが亡くなった武士の代わりに、

死に至ったいきさつを語るが、これも前者の2人とまったく違う。

3人が語る供述に、どれが真実なのか、どんな意図がはたらいて、

これほどまで食い違う供述を主張するのか、真意が見えてこない。

はたして武士はなぜ、どのようにして亡くなったのか、

闇の中かと思った時、実は杣売りのオッサンが一部始終を目撃していたと告白する。

杣売りのオッサンによって、武士の死の真相が明らかにされるのだが……、

そこはぜひ映画をご覧になってください。

さて、映画の中で盗賊と武士が闘うシーンがあるんですが、

これがもう最高で、超リアルなんです。

勇ましさやスタイリッシュとはかけ離れた、

自分はいま相手より有利か否か、行くべきか引くべきか、

躊躇とやけくそが入り交じる人間味あふれた激闘は圧巻です。

「泥臭くても死ぬよりまし」闘う2人の破裂寸の前鼓動が、

画面を通して伝わって来て、これが70年も前の映画なのかと感激。

“むせかえる真夏の草いきれの中で、

繰り広げられる盗賊と美女とその夫の

息詰まるような愛欲絵巻!”

キャッチコピーはこのように書いていますが、

これは興行的に書かれたもので、もっと奥深~いものが胸に残ります。

ちなみに前回観た時の感想は、難解だな~でしたが、

今回はすっーと理解できた気がします。

あれから比べると、大人になったのかも知れませんね~。

 


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九九

このブログに度々登場する我が家の娘ですが、今年から小学校2年生になりました。
小学2年生といえば始まるのが「九九」です。

僕も小2の時に九九を覚えたと思うのですが、さすがに当時の記憶はありません。

自分がどうやって覚えたかわかれば、娘に「父さんはこうやって覚えたんだよ」と教えてやれるのですがまったく思い出せません(笑)。親が厳しかったので泣きながらでも覚えたのでしょうか?今度実家に行ったときに母親にでも聞いてみようかな~?

 

さて、肝心の娘の方はというと、どうやら…

「夏休みまでに九九を覚えたら任天堂SWITCHのソフトを買ってもらえる!」

という約束を母さんとしているようです。
しかし、どこかの段を覚えると代わりに覚えていた段を忘れるということの繰り返し(笑)。普段は仕事で家にいないので、娘がどのように毎日勉強してるのかはわからないのですが、中々思うように行かないようです。

休日も特に勉強している様子もなく、「SWITCHのソフトいらないの?」の声にも「う〜ん」とまったくやる気がありません。夏休みまでじゃなくてもそのうち覚えられるとは思うのですが、ちょっと先が心配です。

そういえば、僕らが小学生の頃は普通に「いんいちがいち、いんにがに…」と呪文のように覚えましたが、今ではなんでもリズムに乗せます。変な音楽がついた九九になっているので僕らは逆に言い辛いです。親子で九九のリズムが違うのでとても教えにくいのが難点です。世代を感じます…。

 

そんなこともあり、先日「お風呂に貼る九九のポスター」を買ってきました。

合成紙でできていて、水をつけるとお風呂の壁にくっつくやつです。

実は我が家ではお風呂にいろんなものが貼ってあります。

古くは娘が幼稚園に入る前から貼っていた「あいうえお表」、

さらにアルファベット表や日本地図。

これが意外に役立ちます。お風呂は覚えやすいのでしょうか?

九九ができるようになるとかなり便利なので、お風呂に入るたびに九九を唱えて早めに覚えてくれたらいいなと思っています。

 

<余談>

九九ではないですが我が家で文字を覚えるのに非常に役に立ったものがあります。

アニメなどTVの画面に表示できる字幕です。

うちの子どもたちは必ずコレを表示させてTVを見ます。なので、平仮名を覚えるのが早かったような気がします。また、書けはしないですが難しい漢字も読めるようになりました。

今では長男(4歳)もおねーちゃんの指導のもとTVやお風呂で平仮名の勉強をしています。

 

<九九の歴史>

日本には大和時代に百済から伝えられ、平安時代には貴族の教養の一つとされていたという説があったが、奈良市の平城宮跡で出土した「九九」を記した8世紀の木簡に、中国の数学書「孫子算経」と同じ「如」の文字が書かれていることから、九九は中国から伝来したと考えられると、奈良文化財研究所が2010年12月3日に発表した。もともとは九九から唱える(うしろからはじめる)もので、このなごりから九九と呼ばれるようになり、のちに一一からはじまるようになった。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

 


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とっとりざんまい

こんにちは。おさりです。

社会人になった今、「私がおごるから行こうよ!」が通じるだろうと考え
ゴールデンウィークはどこへ行こうかと一人で計画立てていました。
そして決めたのが、車でも行きやすい鳥取。
鳥取の境港が近い回転寿司が、私の行きつけであり大のお気に入りです。

初任給を握りしめ、友達を誘い、車で岡山と鳥取の峠を越えました。
峠を越えると、江尾でたくさんの鯉のぼりが出迎えてくれました。

幾重にも続く色とりどりの鯉のぼりが、心地よい風に吹かれて揺れる。
ずーっと見ていても飽きない景色でした。

そのまま米子へ行き、目的の回転寿司でお昼をとりました。
境港が近いので、ネタが新鮮!そして大きい!
ネタがシャリの上から垂れ下がるほど大ぶりのものがずらり。
この時期は鯛の入荷が多く、炙りやバター焼きなど
バリエーション豊富な鯛を食べました。

食後はすぐ近くの皆生温泉へ。
靴を入れるロッカーが面白く、つい写真を撮ってしまいました。

木の札の鍵は生まれて初めて見ました。
木の手触りも優しく、どことなく懐かしい気分に浸ることができました。
岩のようにゴツっとした大きな金属部分とのアンバランスさも味があります。
老舗の温泉だからこそ味わえるレトロな雰囲気ですね。
温泉は海が一望でき、屋外の露天風呂で潮風にあたりながら
気持ちよくお風呂に浸かりました。
塩化物泉である皆生温泉のお湯は、顔を洗うだけでもほんのり塩味がありました。

そして温泉から一望していた海へ。
温泉に入ったばっかりなのに…と言いながらも、友達と砂浜で遊びました。

鳥取の海は透明度が高く、この日はちょうど晴れていて
青い海が水平線まで広がっていました。
ライフジャケットを着た男性は海釣りをし、子供達は海で楽しく泳ぐ中、
私たちは波打ち際を歩きながら桜貝を拾っていました。
「今度はサンダルを持ってこようね」と、水際を跳ねる子供達を
羨ましそうに見ながら言いました。

友達との楽しい鳥取旅行が終わり、夕方家で寝そべっていたら…
「明日、鳥取の回転寿司に行くよ!」

言えない…今日友達と行ったなんて…言えない…

というわけで次の日、再び鳥取へ。
母と兄とでお寿司を食べました。
そして映画館で「名探偵ピカチュウ」を見に行きました。
最近のポケモンを知らない私でも楽しめましたし、
昔からプレイしている世代には嬉しい演出がエンディングで用意されていて
思わず顔がにやけてしまいました。

このゴールデンウィーク、友達や家族におごることで
少しでも恩返しできたかなと思います。
ついでに私もおいしいものが食べられて一石二鳥!
楽しかった思い出を振り返りつつ、レシートをまとめて家計簿に記入。

5月6日時点で出費が既に3万。
1.5ヶ月分の食費を一週間で消費しました。
貯金する努力もしなければと考えたゴールデンウィークの終日でした。

おさりでした。


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人生初!ディズニーシー!!

こんにちは!おこめです!
毎回旅行のお話をしている私ですが、今回は先月のゴールデンウィークに訪れた東京ディズニーシーのお話をさせていただきます!

私、なんと初ディズニーシー!
お隣のディズニーランドには数回行った事がありましたが、ディズニーシーは28年間生きてきて初!
年甲斐も無くドキドキしながらゲートをくぐり抜けました!

さすがゴールデンウィーク、早朝から入場したのにも関わらず園内は人・人・人!
アトラクションの整理券も、すでに夕方の分しか取り扱っていないものがあり、改めてディズニーシーの人気を実感しました…!
そんなアトラクションですが、一番最初に乗ったのはこちら!


「タワー・オブ・テラー」!!
言わずと知れた、ディズニーシー内で人気を誇るホラーアトラクション!!
建物の最上階から猛スピードで下に落とされるという恐怖とスリルを味わうことができます!

この「タワー・オブ・テラー」、建物の外装から内装までかなりのこだわりを持って作られており、特に内装のステンドグラスはオーナーの自画像が描かれていたりと凝った作りとなっていました!

しかし私、そういう落とされるアトラクションが少し苦手で…
乗るまでに何度もため息をつき、友人達と楽しい話をしながら気を紛らわせていました。
しかしドキドキが収まらない状態でアトラクションに乗車。
まだ登ってもいない段階で普通に動く座席に驚きつつ、徐々に上へと上がって行く乗り物に恐怖と緊張がピークに!

そして一瞬目の前が開け、ディズニーシーの園内が一望できた瞬間…

直滑降に落ちる座席!浮く荷物とお尻!恐怖によって上がる悲鳴!!
実際は短い時間だったと思いますが、私にとっては長い時間のように感じ、乗りながら「もういいよ!!」と叫んでいました。

上がっては落ち、を4度ほど繰り返した後にアトラクションは停止…。
足元がフラフラになりながら下車し、フラフラのまま友人達とアトラクション前のベンチに座って休憩しました。

上から下に落とされる恐怖は尋常ではなかったですが、終わってみると恐怖より「楽しかった」という想いが強くて自分でも驚きました。
これがクセになる恐怖!多くの人を引き込む理由なんだと一人納得。
2回目も有りだなと思わせるほど楽しいアトラクションでした!

そんな一番恐怖を感じるアトラクションに乗ったおかげか、次々乗るアトラクションはどれも恐怖は無く全て楽しむ事ができました!

気づけば当たりは真っ暗。
夜のディズニーシーはライトアップされ、とても綺麗でした。
合計5種のアトラクションに乗れたので、連休にしてはたくさん乗れて大満足でした!

今まで中々行く事が難しかったディズニーシー。
今回、大人になってやっと自分の足で行けた事に大変嬉しく思いました!
そして大人でも全然楽しめるディズニーシーに感動!
次も絶対行きたいです!


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